2009年5月4日月曜日

文化論を綴るにあたって

「感覚」このことを人に伝える事の如何に難しい事か。文化とは、すなわち、その国、民族、家庭、人などのもつ感覚の事ではないか。歴史観、美的感覚、道徳観、使命感、人生観などの積み重ね。
 今まで、私は、神職として日々を過ごしながら、芸術活動、空手研究を行い、そしてそれらを様々な方法で多くの人々に知ってもらいたいと活動してきた。
 しかしながら、その活動によって見てもらえるものは、結果であり、結論のみであるという現実に於いて、自分の中で何か釈然としないもやもや感を拭いきれないでいた。
 そんな時、以下のような文章に出会った。

『日常生活では基礎と基本を同義語として使っていると思いますが、な、な、なんとこれが違うのです。 〜中略〜 「論理から感覚」を導き出すのは難しいですが、「感覚から論理」を導き出すのは簡単です。同じことを表現しているのですが、順番があるということです。図(感覚)を基礎とすると、公式(論理)は基本となります。 〜中略〜 術は無形、技は有形、基礎は感覚(無形)、基本は論理(有形)ですので、言い換えると「基礎は術」「基本は技」となります。 ということは、どちらを先に教えるべきなのか、自ずと答えがでてきます。』
http://higaki.info/page008.html(武術上達論 桧垣源之助)より

 これを読んだ時、なるほど、と思った、結局私は、論理を人に伝えようとばかりしてきたのかもしれない。それなら感覚を伝える手段を考えてみよう、と。
 感覚を伝えるには、その人間に於ける過程を見せる事で、ある程度可能になってくるのではないか。そこで、どこまで出来るか分からないが、感覚というのを伝える手段の一つとして、現代的にブログというのも有りかもしれない、と考えた。
 さてさて、文才の無い私の事、拙いもので、このブログでどこまで出来るか不明では有るが、遊びの一つとしてでも、やってみよう。

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