2010年8月29日日曜日

萬葉集 16/4516

稲刈りも無事終えました。

近江大津宮御宇天皇代(おふみのおほつのみやにあめのしたしらしめししすめらみことのみよ)
天命開別天皇(あめのみことひらかすわけのすめらみこと=天智天皇)

天皇の、内大臣(うちのおほまへつきみ)藤原朝臣に詔(みことのり)して、春山の万花(ばんくわ)の艶(にほひ)と秋山の千葉(せんえふ)の彩(いろどり)とを競はしめたまひし時に、額田王の、歌を以ちて判(ことわ)れる歌

 冬ごもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴(きな)きぬ 
 咲かざりし 花も咲けども 山を茂(も)み 入りても取らず 
 草深み 取り手も見ず 秋山の 木(こ)の葉を見ては 黄葉(もみち)をば
 取りてそしのふ 靑きをば 置きてそ歎く そこし恨めし 秋山吾は

意味:冬が過ぎて春がやってくると、今まで鳴かなかった鳥も来て鳴く、
   咲かなかった花も咲く。しかし、山は繁り合っていて、
   入って手に取れもせず、草も深く、手折ってみることもできない。
   一方、秋の山の木の葉を見るにつけ、黄葉を手にとっては賞美し、
   青い葉を措いては嘆く。そこに、思わず恨めしさを覚えるが、
   そんな秋山にこそときめくのだ、私は。

2010年8月27日金曜日

最強の漢

格闘技に関わったことのある人間なら、
この問題に多少なりと関心があるのでは無かろうか。
その答えを見事表現した人がいた。
それが、かの合気道の達人「塩田剛三」である。

弟子の「合気道で一番強い技は何か?」という問いに対して
「自分を殺しに来た相手と友達になる事さ」
と答えた。

この言葉の深遠さは言うまでもないが、ふと思うと、
私の思う限りこれに当てはまる人物は歴史上では
「勝海舟」だったのではなかろうか?
勝海舟を殺しに来た坂本龍馬と千葉重太郎を友達どころか、
弟子にしてしまったのだから、しかも、戦うことなく。

ということで、歴史上最強の男は勝海舟である、
などと夜中に愚考を試みたのであった。

2010年8月24日火曜日

萬葉集13,14,15/4516

中大兄(なかつおひね)近江宮御宇天皇(=天智天皇)
三(みつ)の山の歌一首

香具山は 畝火(うねび=奈良県橿原)ををとし 
耳梨と 相あらそひき 
神代より かくにあるらし 
古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ 
うつせみも嬬(つま)を あらそふらしき

意味:香具山(女)は、畝火山(男)を男らしいと心移りし、
   古い恋仲の耳梨山(男)と争った。
   神代の昔から、そんなことがあったのだからこそ、
   今に至っても愛する者のことで争うようだ。

返歌
香具山と 耳梨山と あひし時 
 立ちて見に来し 印南國原

意味:香具山と耳梨山が争った時に、
   阿菩(あぼ=出典、播磨風土記)の
   大神が立ち上がって見に来た印南の
   国原(兵庫県播磨、明石)よ

渡津海(わだつみ)の 豐旗雲(とよはたぐも)に 入日さし
 今夜(こよひ)の 月夜(つくよ)淸明(あきらけ)くこそ

意味:海上豐にたなびく雲に落日が輝き、
   今夜の月は清らかであって欲しい

2010年8月22日日曜日

たまには、論語

万葉集から趣向を変えて。
これは、心に留めておきたいと思った言葉。

道之以政 齊之以刑 免民而無恥
道之以徳 齊之以禮 有恥且格

読み下し:これを道(みちび)くに政を以てし、
     之を齊(ととの)ふるに刑を以てす
     民、免れて恥無し
     これを道くに徳を以てし、
     之を齊ふるに禮を以てす
     恥あり、且(か)つ格(ただ)す

意味:法制禁令など小手先の政治で導き、
   刑罰で統制していくなら、
   民は法の網をすりぬけて恥とも思わないが、
   徳で導き、礼で統制していくなら、
   羞恥心を持って、かつ、自らをも正す


別に、今の政治を言っているのではないが、
自分自身、空手で子供を指導する時には、
念頭に置くべきかと思う。
やたらめったら怒ったりするよりも、
子供達に「礼」を教えることの方が
大切なのだと。
自らの「徳」は・・・
今後の課題にします(笑)。

2010年8月19日木曜日

萬葉集10,11,12/4516

暑い暑いと言いますが、
少し蝉の勢力図が変わってきています。
最近はニイニイゼミとツクツクボウシの
鳴き声をよく聞くようになりました。
徐々に、秋が近づいているのでしょう。

中皇命(なかつすめらみこと)、紀の溫泉に往きましし時の御歌

◎君が代も わが世も知るや 磐代(いはしろ)の
 岡の草根を いざ結びてな

意味:君の命も私の命も支配している磐代(地名)の
   岡の草を、さあ、結ぼう
   (磐代の草を結び止めることにより、
   命の永遠と無事、安寧を祈る意味があった。)

◎吾背子(せこ)は 假廬(かりほ)作らす 草なくは
 小松が下の 草を刈らさね

意味:愛しいあの方が一夜の宿を作っていらっしゃる。
   草がなければ、小松の下の草をお刈りなさい。

◎わが欲りし 野島は見せつ 底ふかき
 阿胡根(あごね)の浦の 珠(たま)ぞ拾(ひり)はぬ

意味:私が見たかった野島(地名)は見せて下さいました。
   しかし、海の底の阿胡根の浦(詳細不明)の
   珠はまだ拾ってはおりません


2010年8月17日火曜日

萬葉集8,9/4516

今日は猛暑により、なるべく外は避けています。

後岡本宮御宇天皇代(のちのおかもとのみやにあめのしたしらしめししすめらみことのよ)
天豐財重日足姫天皇、位の後、後の岡本宮に卽き給ひき(=斉明天皇)

額田王の歌
熱田津(にぎたづ)に 船乘りせむと 月待てば
 潮もかなひぬ 今はこぎ出でな

意味:熱田津に船を出そうと、月が出るのを待っていると
潮の流れも良くなった、さあ、漕ぎ出そう。

紀の溫泉(ゆ)に幸しし時、額田王の作れる歌

莫囂圓隣之 大相七兄爪湯氣 吾(わが)背子(せこ)が
 い立たしけむ 嚴橿(いつかし)が本

意味:(莫囂圓隣之〜ノ12句イマダ定訓ヲ知ラズ)・・・
   我が夫が立っていたのであろう、嚴橿の根本に。

2010年8月16日月曜日

萬葉集7/4516

明日香川原宮宇天皇代(あすかのかわはらのみやにあめのしたしらしめししすめらみことのよ)
天豐財重日足姫天皇(あめとよたからいかしひたらしひめのすめらみこと=皇極・斉明天皇)

額田王(ぬかだのおおきみ)の歌 未だ詳(つまびら)かならず

秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治(うぢ)の宮處(みやこ)の 
假廬(かりいほ)し 思ほゆ

意味:宇治の行宮(かりみや)で、秋の野の草を刈って葺き、宿った仮廬を思い出されるなあ

読み下しの参考文献は「新訓 万葉集上巻 佐々木信綱編 岩波文庫」

訳は、不肖私が。意訳もありますが、間違いがあれば、ご遠慮無くご指摘下さい。

萬葉集 5,6/4516

讃岐國安益郡(あやのこほり)に幸(いでま)しし時、軍王(いくさのおほきみ)、山を見て作れる歌

霞立つ 長き春日(はるひ)の 暮れにける わづきも知らず 
むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥(どり) うらなけをれば 
玉だすき 懸(か)けのよろしく 遠つ神 
わが大君の 行幸(いでまし)の 山越す風の 獨(ひとり)をる 
わが衣手に 朝夕(あさよひ)に 還(かえ)らひぬれば 
ますらをと 思へる吾も 草まくら 旅にしあれば 
思ひやる たづきを知らに 
網の浦の 海をとめらが 燒(や)く鹽(しほ)の 思ひぞ燒くる わが下ごころ

意味:霞の立つ長い春の日も暮れていくように心の中も寂しくなってゆく、

ぬえこ鳥が鳴くように自然と悲しくなり、 

立派な襷を掛けのような美しいはるか昔の神や、

かつて天皇のお出かけになった山から吹き付ける風の中、

一人でいると私の衣の袖は朝に夕にはためけば、

益荒男と思っていた私だが、仮の床で過ごす旅の中では、寂しさを紛らわせる術を知らない

網の浦で海女達が焼く塩のように、私の心の内も寂しさに焼けるようだ


返歌


山越(こし)の 風を時じみ 寐(ぬ)る夜(よ)おちず 家なる妹(いも)を かけてしのひつ


意味:山越の風が時期はずれに吹くので、

寝る夜ごとに、家にいる妻を心に想い忍んでいたことよ


読み下しの参考文献は「新訓 万葉集上巻 佐々木信綱編 岩波文庫」

訳は、不肖私が。意訳もありますが、間違いがあれば、ご遠慮無くご指摘下さい。

2010年8月15日日曜日

萬葉集3,4/4516

戦争と政治についてはいろんな人がいろんな事を主張されているのでそちらにお任せして。
萬葉集

天皇、内野に遊獵(みかり)しましし時、中皇命(なかつすめらみこと)、間人連老(はしのひとのむらじおゆ)をして獻(たてまつら)しめたまへる歌

やすみしし わが大君の 朝(あした)には とり撫でたまひ
夕(ゆうべ)には いより立たしし 御執(みと)らしの 梓弓(あずさゆみ)の
なか弭(はず)の 音すなり 朝獵に 今立たすらし 暮(ゆふ)獵に
今立たすらし 御執らしの 梓弓の なか弭の 音すなり

意味:この国を安らかにお治めになっていらっしゃる天皇は梓弓を、朝には大事に愛(め)で、夕方にはそのそばにお立ちになり、御手にお取りになった梓弓の弭(ゆはず)に弦(つる)を掛ける音が聞こえている。朝狩りに今行かれるのだろう。
そして、夕狩りに今行かれるのだろう、御手にお取りになった梓弓の弭に弦を掛ける音が聞こえてる。

反歌

たまきはる 宇智の大野に馬竝めて 朝ふますらむ その深草野

意味:宇智の大野に馬を並べて朝野をを踏み立てて狩りをしておいでであろう、その生い茂った深い草の野で。

読み下しの参考文献は「新訓 万葉集上巻 佐々木信綱編 岩波文庫」
訳は、不肖私が。意訳もありますが、間違いがあれば、ご遠慮無くご指摘を。

歴史的外交失策

毎年この時期は嫌いである。戦争も平和の意味もわからぬ輩が跋扈し、題目のように「平和」を唱える。
まあ、この程度は毎年のことであるので、臥薪嘗胆の精神で耐えうることが出来る。
しかし、今年は更にひと味違うことが起きてしまった。
菅政権によって、日韓基本条約で既に解決した事項を蒸し返し、日韓での問題を再燃させ、反日感情をより拡大させてしまった。

100年前は、弱肉強食の植民地争奪戦である。当時朝鮮に西欧諸国に対抗しうる国力はなかった。朝鮮をそのままにしておいたのでは、列強各国の格好の餌食になっていたであろう。それは、日本が常に危機にさらされることを意味した。朝鮮併合は当時の国際事情を鑑みれば妥当な政策であり、国際法上合法的手段によってなされている。そのため朝鮮は植民地ではなく、日本領土として編入されたものであり、その証拠に当時の帝国政府は本土と朝鮮半島との格差をなくすため膨大な投資を行っていた。
故に、そもそも日本と韓国の間に賠償問題は成立し得ないものである。

それ以上に、われわれは100年も前のことに対していつまで、謝罪と反省を繰り返さなければならないのか。
戦争は外交であり、外交は戦争である。こんな事を繰り返していたのでは、いつまでも日本は敗戦国のままである。いつまでこの国は戦後を引きずらなければならないのであろうか。

2010年8月14日土曜日

萬葉集2

4516首もあるので、やる気のある時に、もう一首。
高市岡本宮宇天皇代(たけちのおかもとのみやにあめのしたしらしめししすめらみことのみよ)
息長足日廣額天皇(おきながたらしひひろぬかのすめらみこと=舒明天皇)

天皇、香具(かぐ)山に登りて望國(くにみ)しましし時の、御製の歌。

大和(やまと)には 群(むら)山あれど 
とりよろふ 天(あめ)の香具山 登立ち 國見をすれば
國原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ 
海原(うなはら)は かまめ立ち立つ 
うまし國ぞ あきづ島 大和の國は

意味:大和の国には沢山の山があるが、
その中でも最も素晴らしい香具山に登り国を見渡せば、
平原には民達の竈から立ち上る煙が多く立ち上がり、
海原を見ればカモメが沢山羽ばたいている、
なんと素晴らしい国か、秋津島、大和の国は。

読み下しの参考文献は「新訓 万葉集上巻 佐々木信綱編 岩波文庫」
訳は、不肖私が。意訳もありますが、間違いがあれば、ご遠慮無くご指摘下さい。

萬葉集

相変わらず、カメラが行方不明のまま。コンサートの写真がUP出来ません。

それは仕方が無いので、めげずにブログを書いていこうと思う。
このブログは「國のまほろばを見ゆ」と付けているので、少しそれらしいことをしようと思い、日本人の心とも言うべき「万葉集」の歌を少しずつ紹介してゆきたい。
とはいうものの万葉集の歌は全部で四千五百十六首ある。一日一首毎日紹介しても12年以上かかってしまう。まあ、気長に紹介してゆきましょう。

泊瀬朝倉宮御宇天皇代(はつせのあさくらのみやにあめのしたしらしめししすめらみことのみよ)
太泊瀬雅武天皇(おおはつせわかたけのすめらみこと=雄略天皇)

天皇御製の歌

籠(こ)もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち 
この丘(おか)に 菜摘(なつ)ます兒(こ) 家聞かな 名告(の)らさね 
そらみつ やまとの國は おしなべて 吾(われ)こそをれ しきなべて
吾こそませ 吾こそは 
告(の)らめ 家をも名をも

意味:籠も良い籠を持ち、堀串も良い堀串を持って、この岡に菜を摘みに来る娘さん、あなたの家はどこか聞きたい。言いなさい。この大和の国は、一面に私こそが従えているのだ。一面に私こそが治めているのだ。私にこそは教えてくれるだろうね。あなたの家も名をも。

読み下しの参考文献は「新訓 万葉集上巻 佐々木信綱編 岩波文庫」
訳は「旺文社 古語辞典」より

2010年8月3日火曜日

旧暦七夕コンサート

準備が非常に大変でしたが、素晴らしいものになりました。

しかし!残念ながらカメラが行方不明!!
現在捜索中。
見つけ次第、画像をUPします。