2010年4月22日木曜日

一休宗純

 昨日のNHK「歴史秘話ヒストリア」で、一休宗純が取り上げられていた。
そこで、一休さんの果たした役割に、「戦乱の中にも質素ながら文化サロン的役割を果たし、多くの文化人、知識人が集まり、後の日本を代表する文化の醸造に貢献した」とあった。
これこそ、私の目指すところの姿であろう。文化不毛の時代だからこそ多くの文化的土壌を耕していけたらと思うばかりである。

 一休さんは高校時代に買ったマンガで深く感銘を受けたものがあったのでここに紹介したいと思います。
講談社から出ている「あっかんべェ一休」全四巻、ご存じ一休さんの生涯を、本当に生まれてから死ぬまで、が描かれている。
作者は「坂口尚」。ご存じの方は少ないとは思うが、知る人ぞ知る天才作家。手塚治虫のアシスタントを経てメジャーデビュー、一時は手塚治虫の後継者ともいわれたほどの実力者。
しかし、この「あっかんべェ一休」を書き上げた直後、急性心不全で49歳という若さで亡くなった。
興味がある方はご購入の上、ご一読を。一休宗純並びに坂口尚の世界観の奥深さに心打たれることでしょう。
たった四巻と侮る無かれ、このボリューム。普通の漫画本の二倍以上あり。
刮目して見よ。
補足:新右衛門さんは少しだけ出ます。桔梗屋さんとさよちゃんは出てきません。

2010年4月11日日曜日

神武天皇祭

本日、神武天皇祭が催行された。
神武天皇は相殿の賀茂神社の主祭神として祭られている。また、神武東征の砌に、安芸の国逗留時に、腰をお掛けになられたとされる石が手水石として安置されている。
神武天皇は、「日本書紀」によると、旧暦三月十一日に崩御されたことに因み、新暦の四月十一日に近い日曜日に、当神社では行われている。
雅楽の楽箏と共に祭典は進まれていた。この祭りは一切の余分を取り除いた誠に神聖な祭典となった。
神楽殿にて雅楽奉納。小雨降る中、沢山の参拝者が訪れた。
ほとんどの方が帰ることなく、最後まで観覧されたようであった。
本殿と共に子供達の舞。
喜多流大島家の仕舞い奉納。写真の舞手は、大島衣恵先生、喜多流の女性で初めて能楽協会に登録されたことで、広島県では知る人ぞ知る喜多流の名手。
その動き素晴らしく、流れる水が如く流麗な体捌き、一切の無駄の無い重心の移動。
この舞を見れば、一流は、その道に未熟なものにすら、感動を与えることが可能であるという私の考えをより一層確信に導いてくれる。
私の師匠である大島文恵先生と加藤先生による能管の説明。
今日感じたことは、日本文化は根底に神秘性を含ませることにより、初めてその体を成すということであった。

2010年4月10日土曜日

いよいよ明日、春祭

ようやっと、明日「神武天皇祭」です。
この二週間は病との闘いだった。先週は風邪で苦しんで、今週はメニエールに苦しんだ。
なんとか今日持ち直したみたいで、準備を終わらすことが出来た。
明日は、雨が降らなければいいな。

写真は神武天皇祭のいわれにもなる「神武天皇腰掛石」。
縦額(?)は昨日急いで書いた。臨書体に挑戦。
もう少し練習が必要ですね。改めてまた書こう。
ちなみに字が多少違っているのは、こういう書体なので悪しからず。

2010年4月7日水曜日

文化芸術満足!?

今日の中国新聞の呉・東広島版を見て驚いた。市民満足度調査の記事であるが、そこに既に満足度が高く重要度が低いと市民が判断したものに「文化芸術活動」があがっていた。
一体、東広島市のどこに満足できるような文化芸術活動が行われているのか!!
一体、何を以て文化芸術と呼ぶのか、あまりにも信じ難い調査結果である。
広島大学という巨大大学を抱えながら古本屋にはマンガか流行の本しかない、専門書と言えばせいぜい学生の使った教科書ぐらい。盛んな芸術活動をしているとも思えず、良い芸術作品を観ようと思えば遠くまで足を運ばなければならない。伝統芸能、現代芸術は皆無。無節操に建築の続く高層マンション、田園風景の崩壊、地域伝統力の衰退、挙げればきりがない。
これは逆にとらえれば、市民の文化芸術への関心が低いが為、相対的に満足度が高くなっていると言うだけの話ではないか。
こんな現状であるからこそ、当神社が文化芸術の中心となるべき活動を更に推進していく必要があると痛感させられる。

東広島市民は、もっと文化芸術活動の盛んな地域を見て知り、我が街の遅れを知らなければならない。あまりにも求めるものが低すぎる。
食うて寝るだけなら畜生と変わりはしない。
人間の真の幸福は、文化芸術が充実してこそ感ぜられるものである。

2010年4月6日火曜日

春の様子

冬眠から覚めた蛙たちが鳴き奏でる宵の口。
少し当神社の様子を写真に撮りました。

4月4日(賀羅加波神社)

私方の神社によくお世話いただいている神職さんのお勤めの賀羅加波神社へお手伝いに行ってきた。場所は三原の中之庄町。今日は春期例祭。


2010年4月1日木曜日

4月1日

雨が降っています。
押し入れを整理していたらこんなものが出てきた。
大学時代にお世話になった奈良市の地図。
奈良大生だった私はこの地図を片手に、自転車や原付であちこち行ったものです。
お陰で地図はぼろぼろ。持つと分裂しそう。
今日は様々なところで入社式や入学式があると思います。
奈良大学も4月1日が入学式でした。当時はよく晴れた日でした。
もう15年も前のことですが、昨日のことのように思い出せます。
でも毎年今日が新たなスタート。新たな一年の新入生です。