2010年1月30日土曜日

能に於ける武術性

 たった2回程、稽古を受けたものに何が分かる、と仰る方もいらっしゃることではあろうが、一芸は全てに通ず、まあ、そう言わず、この文章を読んで頂きたい。
 さて、下の図を見て欲しい。
これは、私が弟子や後輩に、重心の重要性を教える為に作った資料である。
 この中で正しいとした立ち方、実は能の立ち方と全くもって一緒なのである。
この立ち方であれば、どのような状況であっても、どのような方向にも、予備動作無しで、つまり、無拍子で移動することが可能なのである。
 能は武士の嗜(タシナ)みとして、脈々として受け継がれてきた所以がここにあるのではなかろうか。 更に、能の素晴らしい所は、腕の構えにある。腕を体に対しておおよそ角度30度程持ち上げて、楕円を描くように湾曲させる。この時、背中側の筋肉、つまり上腕三頭筋で押し上げるような意識で腕を支えると教えられた。この意識を持つことにより、屈筋の無駄な力、力みを取り去ることが出来る。
そして、手の形は下の写真のように軽く小指から握り込み、親指を人さし指に添わすように置く。このことで、適度な屈筋の使用により、無意識下で出てしまう力みを防いでくれる。
 つまり、能の立ち方は武道に於ける究極の理想形なのである。

 武術が「動」の武士道ならば、能は「静」の武士道と言える。
 舞という自分たちの娯楽であり、教養でもあるモノにまで、時代の培った知恵を入れ込む凄さは、唯々、先人の偉業の素晴らしさに舌を巻くばかりである。

2010年1月27日水曜日

厄祓い・茅の輪

本日「茅の輪(チノワ)」作りを行う。
秋ごろに刈っておいた茅を並べる。
藁縄で括っていく。
 この姿、まるで蛇のよう。
「日本の原始宗教の形態は、蛇信仰に収束されてゆく・・・」という主張をする本を読んだことがあるが、成程と思わせるものがある。
輪にして、立ち上げたら出来上がり。
この中をくぐると、一年無病息災。
 また、6月30日の「大祓式」でも同じものを作っています。
 一説には、この茅の輪が、注連縄の起こりだとも。。。
 茅の輪は、広島県備後地方の「蘇民将来伝説」が元になっていると言われる。
 蘇民将来については→Wikipedia蘇民将来を参考にされたし。

2010年1月25日月曜日

能を習う

今日から能を習い始めた。
西条でも能の稽古をしている所があるというので、
先週見学に行き、今日から入門した。
先生は喜多流大島家の大島文恵先生。
昭和52年生まれの私より若くて小柄な女性で、
失礼ながらこの方から能は、あまり想像出来なかった。
しかし、いざ稽古になると迫力のある謡、舞をされ、
非常に驚かされた。
喜多流大島家についてはこちらを→http://www.noh-oshima.com/

下の画像は、謡本や扇。今日からこれで稽古です。
舞の動きも地味であるが(特にまだ基本なので)、武道的で非常に合理的な動きであった。
成程、武士の嗜(タシナ)みなわけである。その立ち方は宮本武蔵の二刀を持つ肖像画を彷彿とさせた。
奥深きかな日本伝統文化。

2010年1月22日金曜日

寺西小学校と新宮神社

本日、寺西小学校の3年生・130名が社会見学に、当神社を訪れた。
来た当初、先生に怒られている姿が自分の幼少期と重なり懐かしく思えた。
 先生方に、新宮神社についての話をお願いされていたので、いろいろと話をした。
 あまり、内容について考えていなかったため、ついつい、長話となったが、生徒達は大人しく真剣に聞いてくれ、終始メモの為のペンを走らせており、話す方もいつの間にか力が入ってしまった。

 昨今は政教分離だの、教育に宗教を入れるなだとか、些か頭のネジが外れたようなことを言う人もいるが、
新宮神社は、寺西小学校の始まりの地である。寺西小学校だけでなく多くの学校は寺社を使って教育が始まっている。教育に宗教を入れるなとは、無礼なことこの上ない。
 そもそも、宗教を完全に排除すれば、国語・社会・美術・音楽・芸能・挨拶・礼儀作法・行事習慣、これらのこと、つまり文化活動を全て停止しなければならなくなる。そうなれば日本という国は無くなってしまう。
 教育に宗教(又は宗教的思考)は絶対に必要不可欠である。

 話が逸れてしまった。
 まあ、教育を受ける生徒はしっかりとした日本文化を学んで欲しい。その思いでいろいろ話した。子供たちは自分の想像の及ばないものが出ると目を輝かせる。参考にと出してきた江戸・明治の本や机などには興味津々の模様。また、毛利元就に刀をもらった話をすると、是非見たいとの声も、「残念ながら見せれません。」と言うと少しがっかり。
 少し時間オーバーしたものの先生方にも、大いに礼を言われたので、お世辞半分としても、少し安心した。

 教育に対してはいろいろ思うこともありますが、子供たちは、今も昔も変わらないという思いにさせられた一日でありました。変わっていくのは大人たちですね。
 

2010年1月19日火曜日

キャラ設定未定

吾輩は猫である。
生まれはマンションであったが、このような山中の民家に連れられてしまった。
おかげでびっくりして走ったら池に落ちてしまったわい。
性別は雌である。
単純な主人に危うく虎子と命名されそうになったが、
名前は「茶々(ちゃちゃ)」になったである。
以後お見知り置きを。

2010年1月17日日曜日

とんど祭(古札焚上げ)

 1月14日にとんど祭を行いました。
 このお祭りは、大晦日に家に降りてきて頂いた歳神様に天(山)に帰って頂くため、正月に備え付けられた飾り物を焚上げるお祭りである。
 その時に飾り物と一緒に古いお札や御守りを焚上げるお祭も行い、古い御札・御守りの御霊(ミタマ)も煙と共に元の所に帰って頂く。
 本 来ならば、神社で行われた「とんど」の火を各地域に持って帰り、次の日の小正月に改めて地域で「とんど」を行うにあたって、その火を種火として行うべきもの である。しかし、戦後はあまりそこまではされなくなってしまったようである。
 また、はっぴーまんでー法という幼稚園児並の法令を作って、祝祭日の意味を無く してしまったがため、15日が平日となり、地域の「とんど」が、小正月と関係のない土日祝祭日に、行われるようになってしまった。
 暦の意味を無くすということは、文化破壊の最たるモノである。たかが行事と侮る無かれ。


門松と古札の塔
焚上げのお祭りをして、炎が上がったら恵方にこの塔を倒す。
今年は西南西。

この火に当たると一年無病息災。
炭火になったら、正月に御供えしたお餅を、門松に使った竹の先に挟んで、焼いて食べる。
これが不思議といつも食べるお餅よりおいしい。
また、本殿に備えた鏡餅に焦げ目をつけて、15日の小正月にお雑煮にして食べる。
15日が終わってやっと神社の正月が終わったという気になれます。

2010年1月2日土曜日

平成廿二年(皇紀2670年)元日の様子

皆様、明けましておめでとうございます。
雪にもかかわらず、今年は沢山の人がお参りに来られました。



写真は一月一日午前10時ころ。この後写真など撮っている暇も無くなった。