大学時代の後輩が学芸員として勤めている「近つ飛鳥博物館」に行ってきました。
大阪の河南町にあり、大阪府といっても森や畑の中にある非常に分かりにくい場所にある博物館です。今回で2度目の訪問。
建築の設計は安藤忠雄、打ちっ放しのコンクリートが特徴。
曰く、古墳の内部、横穴石室をイメージし、死と再生を表しているとか。
「って、どー見てもゴミ焼却炉やん!!」
初めて見たときはおもっきり突っ込んでっしまっていた。
バブル臭をぷんぷん放っている。正直、安藤忠雄建築は好きではない。

今回は後輩の企画展を見に来たのだが、後輩は女の子で、結婚もしている。仕事柄、主婦業との両立が大変難しく、退職を考え、今回で最後の企画展になるのではないか、ということで訪問した。
しかし、博物館側が彼女を慰留し、勤務時間を減らすように話が進んでいるらしいので、まだ続行できるかもしれないということ。
後輩とはいえ、女の子である。実際、こういう仕事でもしていない限りなかなか気軽に会いに行けるものではない。ある種の自分の表現手段を持っている人間とは互いに、性別・年齢等を越えて交流が持てる。そういった意味でも彼女は貴重な存在である。
彼女自身も、学芸員の仕事のお陰で、利害関係なく多くの人と知り合うことが出来る、と嬉しそうに話をしていた。確かに彼女との話は、ここで学んだ様々な引き出しを備え、尽きることが無い。
特殊な仕事だけに、是非とも続けて欲しいものである。

後輩と会う前に、平城宮蹟を見て回った。
このだだっ広い空間は、大学に通うため、自転車や原付を走らせた思い出、ソフトボール大会や毎年花見をした思い出がある。
このときも、高校のクラブ活動の練習や、凧をあげるおじさんとかがいた。
いわゆる奈良市民の憩いの場でもある。

遷都1300年事業で太極殿の建築が進んでいた。
あまりの変わりように、当時通った道は大幅に変更され、どこを通ったか分からず、懐かしいと言うより、驚きの方が大きかった。
変わったのは、平城宮蹟だけではなく、奈良の街もそこら中に新しい道が建設され、さっぱり分からなくなっていた。年度末と1300年が本格的に始まると言うこともあって、街中至る所で工事が行われていた。
大学を卒業して10年経つが、まさに十年一昔である。