内藤選手
残念ながら非常にバランスが悪かったように思えます。
亀田選手を捉えられず、空振りすることが多い上、前につんのめる場面が往々にみられた。
亀田選手
人柄は別として、ガードは堅く、カウンターもうまい。足も使えるし、打ち合える。私生活の品はないが、ボクシングは正統派でした。
亀田選手はすごく良いボクサーになっていた。
完成度はかなり高いです。強さは本物でしょうな。
ポンサクレックとの試合が楽しみです。
何でもそうですが、人間性と作品(パフォーマンス)とは別個のもです。
亀田選手は素直に素晴らしい選手でした。
一方内藤選手は朴訥な人柄で人気のようですが、前回の試合と合わせ見ても衰えは隠しきれないようでした。
2009年11月29日日曜日
2009年11月27日金曜日
本物を目指して
先日、21日の土曜日に知り合いの建築家S氏の家で鍋大会を行った。
S氏の家は、吉野杉をふんだんに使った贅沢な作りで、木の香りに包まれての鍋大会。壁も珪藻土の壁で人口材を極力使われてないので、山の別荘のようなたたずまいである。
そこに集まったメンバーは、建築家、作庭家、画家など、それぞれアクの強い人間が7名集まった。
そこでの話題は、昔のヤンチャ話(ほぼ聞き役)から、今の自分たちの仕事をどう人に伝えていくかという話になり、それぞれの熱い意見が飛び交った。
皆の意見は平行線を辿ることもあり、結論は出ることは無かったが、
最終的な思いは皆一緒であった。
「本物を伝えたい!!」
方法論は違えども、皆同じ思いを持った仲間達、これからも切磋琢磨し、
それぞれが一流の仕事が出来、一人でも多くの人にいいものを伝えていけることを切に願うばかりである。
2009年11月20日金曜日
えっ、お宮・・の方・・?ですか?
2009年11月17日火曜日
2009年11月14日土曜日
秋の風物詩
昨日は空手を指導してました。
基本練習終了後、
「よしっ、今日はどんどん打ち込もうか!グローブ付けて!」
そして、練習開始。
バシバシ ミットを打つ高校生。
しかし、今日はやけにグローブを気にする。
グローブが手になじまないのか?
すると、グローブをはずして一言、
「くさいっ」
グローブを思いっきり振ると、
右から潰れたカメムシが、
左からもそもそ動くカメムシが・・・。
「ぎょゃああぁぁぁぁぁぁぁ」
「早よ、手洗いに行けっ!!」
いや〜秋ですなっっ。
その後、他のグローブを調べたが、結局、カメムシが入っていたのはそれだけ、しかも左右両方。それを選んで付けた高校生、奇跡。
もちろん、そのグローブはしっかりファブリーズ漬けにされました。
怖いですねっ
恐ろしいですねっ
2009年11月12日木曜日
小祭(11月7日)
2009年11月5日木曜日
文化の日(二日遅れ)

昨日、広島、ピカソ画房ギャラリーにて、知り合いの個展を見に行った。
その人は、高屋に住むデザイナーの方で、今度一緒に飲む約束をした。また、熱い語り合いが繰り広げられそうだ。

その後、今日の中国新聞に紹介されていた頼春水展を見に、頼山陽史跡資料館に行ってきました。
頼山陽館は、袋町のど真ん中に有り、少しびっくりした。袋町は結構行く所なのに、その存在に全然気付かんかったです。

しかしながら、中に入った時のその存在感。コンクリート砂漠のオアシス!!
書に疎い人もここに一度行くことをお勧めします。癒される。
本当に小さな資料館だが、その小ささが逆に都会とのコントラストを引き立てる。

帰り際、図録だけ一冊買って帰った。
ちなみに書は、春水の早熟さには驚かされはしたものの、やはり、山陽の方が好きだなあ。
ちなみに書は、春水の早熟さには驚かされはしたものの、やはり、山陽の方が好きだなあ。
春水さん失礼なことを言いました。
2009年11月3日火曜日
文化財保全環境整備
2009年11月2日月曜日
七五三について
最近この時期になりますと、七五三のことについて、お尋ねになられる方が多いので、七五三についてまとめてみた。「七五三」の祝いは、天和元年(1681年)旧暦11月15日に徳川幕府第5代征夷大将軍、徳川綱吉の長男・徳松の健康を願ったのが始まりだとされ、本来、主には関東地方で行われる行事であり、戦後全国に広まった風習である。
この旧暦の15日はかつては二十八宿の鬼宿日(鬼が出歩かない日)に当たり、何事をするにも吉であるとされた。また、旧暦の11月は収穫を終えてその実りを神に感謝する月であり、その月の満月の日である15日(旧暦では必ず15日が満月となる)に、氏神への収穫の感謝を兼ねて子供の成長を感謝し、加護を祈るようになった。
七五三の年齢については、3歳は髪を伸ばす「髪置(かみおき)」、5歳は初めて袴をつける「袴着(はかまぎ)」、7歳は、それまでの紐付きの着物に代わって、本仕立ての着物と丸帯という大人の装いをする「帯解(おびとき)・紐落(ひもおとし)」の名残りであると言われている。また、三歳=言葉、五歳=知恵、七歳=歯を神から授かる事への感謝とする地方や、三歳、五歳、七歳は子供の厄として、七五三を一種の厄祓としている地方もある。
そして、この行事が行われた最も大きな理由の一つは、かつて乳幼児が成人するまでの生存率はきわめて低い事から、我が子の生存を祝う節目として定着したものである。
つまり、七五三とは、子供の成長を当たり前と考えるのでなく、本来は亡くなる可能性を有していたにも関わらず、無事にその年齢まで成長したことへの、また、生かされていることへの感謝と、今後の子供の健やかな成長への願いであるのです。
「生きている」ということは当たり前のことではない!との考えです。今現在では最も忘れられていることではありますね。
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