正月準備も終わり、後は時間が経つばかりである。
毎年ながら、12月31日から1月1日になる時の状況の変化には不思議な気持ちになります。
今日は神社に参る人は僅か2,3人であるが、
明日になると、ひっきりなしに千人単位で
人が参る。
一体何が起きているのか?
ああ、正月か・・・
昨日と今日がこれだけはっきり違うのは
一年に一度だけであり、後は、徐々に
人が減っていき、いつの間にか春を迎えているというのが
毎年の感覚である。特に、我が家では1月14日のとんどを
終わらせるまでが正月、という感覚で生きている。
そして、その延長で厄払い、節分、厄払い、と過ぎ、
いつの間にか、3月になるのである。
ともかく、誰もいないこの所に、次の日には何千人も
集まるというのは不思議以外の何ものでもない。
それはさておき、この一年を振り返ってみると
特別良いことがあったとか、劇的な変化を遂げた、
ということは無かったが、一言で言うと
出会いの年であったと言えるように思える。
その出会いで今日と明日が変わることは無いが、
そしてそれが、自分の中での変化に確実に関わっている。
前述したように劇的な変化は無いのであるが、
変化への繋がりとしての意味はあまりにも大きかった。
人は誰しも変身願望があるという、しかし、その為には
一つ一つの着実な積み重ねが必要となる。
同じ事の繰り返しは大事であるが、一回目と十回目が
同じでは意味がない。一回目から十回目の中には何らかの
変化が生じるところに繰り返しの意味がある。
今日と明日は僅かながら違った人間である。
「すべてには時が有り、縁がある。」
時を迎えるため、縁を迎えるための人間にならなければ
ならないのであろう。
この後、我が家では、年床さんをお迎えする。
いわゆる歳神である。正月の意味は、各家庭で
この神をお迎えし、もてなし、新年の安寧を祈念するというもである。
来年も良き年でありますよう心から願うばかりである。


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