台風が近づいています。
晴耕雨読ということで、何やらだらだらと考えたことでもここに。
先日、空手の練習終了後、残ってサンドバック打ちをやっていたら、大学生の後輩に聞かれた。
「礒部さんは喧嘩強いんですか。」
答えに困る質問である。
私は、殴り合いのケンカなどしたことは無いし、ケンカの強さなど、その時々の条件によって変わってくると思っている。まず第一に、人生に於いて、暴漢に遭遇したり、突如理不尽にも、いきなり殴りかかられるということがどれだけあるだろうか。
そもそも、ケンカとは何であろうか、と考えた時、私の出した答えは次のようなものになる。
「意見と意見がぶつかった時、双方意見を相容れることが出来ず、無理やりにでも自分の意見を通そうとした時に起こる現象」
つまり、ケンカとは殴り合いに限ったことではない。口喧嘩だって立派なケンカだ。
これを前提にすると、喧嘩の起こる確率の高い相手は、見ず知らずの人間相手ではなく、よく見知った相手となる。多くの人間は実際そうではないだろか。
そうなると、相手に自分の力を誇示し、力ずくでねじ伏せ、自分の意見を押し通そうとするやり方は、どう考えても賢い人間のするやり方ではない。たとえそれが理不尽なヤクザ相手で叩きのめしたとしても、後々面倒くさい。
実際のケンカは、その場をリードする話術が巧みなものが有利になってくるであろう。空手など現実には何の役にも立たない。
では、ケンカの役にも立たない空手を何故いつまでも続けているのか。それは、ケンカの役にも立たない野球をなぜ続けるのか、と聞くことと同じくらい無粋なことであろうが、敢えて言うならば、真の意味で危機的状況に陥って時でも、最低限の対応がとれるようにというところか。
この意味を本当に理解出来るものはごく少数だろうが、このことを内容事細かにここで書くと長くなるし、誰も読むまいからここまでで。ただ一言だけ言うならば、私の目指す空手は力や運動神経に頼ったものではなく(勿論これらも重要なことではあるが)あらゆる状況条件を活用し、自分の今ある力を全て出せる空手である。
ともかく、私なりに考える最もケンカに強い人間というのは、上手に負けることの出来る人間ではなかろうかと。相手の顔を立てつつ自分の意見を通せ、何事も円満解決出来る人間である。
実際にこういう人間てなかなかいてませんね。いたら、かなり人間的に出来た人だろう。


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