稽古の途中の休憩に3月14日に広島市の妙慶院というお寺で「春の会」の案内をいただいた。
その妙慶院で能を習われている方たちのいわゆる発表会である。
案内には出演者の名が書かれてい。
それを見た方が、「女の方が多いんですね。」と言われた。
先生は、それに対し「ええ、昔は男の方の習い事だったんですが、特に昔は旦那衆というのがあって多かったんですが、最近は女の方が多いですね。もう旦那衆というのがないですからねえ。他の習い事にしても私の年齢(20代後半から30代前半)くらいの人というのは少ないようですね。」
確かに私の周りでも皆、朝早くから夜遅くまで仕事をしているものが多く、時間的余裕がない人が多い。割と時間的自由がきく私は、忙しい人を前にすると何となく罪悪感すら覚える。
しかし、不思議なことである。現代には様々な時間を短縮するためのものが溢れている。移動手段の車などは言うに及ばず、洗濯機、掃除機、電子レンジやガスコンロに冷蔵庫、食器洗浄機、風呂焚き、水道、これらはみな、労働を軽減させ労働時間短縮のための道具である。
その他、まだ沢山の便利道具がそこら中にあるはずである。皆が豊かになるためにこれらのものは作られてきたのではないか?
なのに、何故人は未だ忙しいのであろうか?
もう一つ疑問がある。
今度、オランダ人の知り合いが、4月から日本にやってくる。滞在期間は4ヶ月である。
4ヶ月と言えば日本人の感覚なら、仕事か、留学などの特別な理由があって来ると思うであろう。が、これは仕事で来るわけでもなく、仕事を辞めてくるわけでもない。
ちゃんとした休暇である。有給休暇が貯まっていたらしいので、来日中の4ヶ月間もちゃんと給料が出る。
日本人の勤勉さは素晴らしいものがあるとは思う。
しかし、少しはこのオランダ人の3分の1でも休暇が取れるようにしなければ、日本の文化は確実に死滅していくのではなかろうか。より洗練された文化は、時間的余裕が無ければ発展は成り立たない。
同じ先進国でありながら、しかも、人口二千万にも満たない国だ。何故こんなにも違いが出るのだろう。
現代日本人は何故こんなに忙しいのだろうか?昔と今、また、日本と海外、何が一体違うのだろうか?


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