2009年12月23日水曜日

象徴としての天皇

 昨年の4月民主党の戦略により、大騒動したガソリン暫定税率も、結局、実質廃止しないことないなったようだ。政党とういうのは、いかに、国家の為ではなく、党利党略で動いているか分かる象徴的な出来事であろう。

 さて、象徴といえば、日本では天皇陛下のことであるが、本日は天皇陛下御誕生日である。天皇とは、象徴とは何かを考える良い機会である。少し手前勝手に象徴天皇について簡単に論じてみたいと思う。
 尚、この文章では、陛下に対しては、理論構築の文章の為、大変失礼なことではあるが、敬称等を略して論じさせて頂く。

1.象徴とは何か。

 まず、日本国憲法に於て天皇は、国家の象徴として位置付けられているが、この象徴とは何か考えておかなければなるまい。
 広辞苑によると、「symbole(フランス)の訳語、【1】ある別のものを指示する目印・記号 【2】本来関わりの無い2つのもの(具体的なものと抽象的なもの)を何らかの類似性を基に関連付ける作用」とある。
 これは国家と天皇の関係そのものであり、まさに言い得て妙である。
 国家という人間が作り出した空間概念対し、天皇という実在する人間を結びつける関係。
 では、この抽象性なものに具体性を当てはめることにどんな意味が有るのか。

2.象徴を据えることの意義(象徴は必要か)

 ドラマやマンガに於て、広島市という場所を瞬時に、視聴者や読者に認識させる為にはどのような事が為されているか。それは場面の最初に原爆ドームをもっ てくることで万人に広島市という場所を認識させることが出来る。同じように、出雲なら出雲大社、大阪なら通天閣、名古屋なら名古屋城、金沢なら兼六園、仙 台なら伊達政宗の銅像、札幌なら札幌時計台とそれぞれその土地土地を判断させる代表的なものが思い浮かべられる。これらも前出の【1】目印であり【2】抽象物と具 体物との関連付けにあたる。(勿論、地域の象徴はこれらだけではなく多くあるが、例として主なものだけを挙げた)
 ここに並べた象徴的事物、実は、土地の目印という以上に、ある重要なことをその土地にもたらせている。
 どういうことか。象徴は、そこから派生した画一化された県民のイメージを作り上げ、県民性で表現される性格を形成させる。そして、更には、実際にその地に於いて、イメージに留まらず、教育・行政・産業・メディアである種の方向づけが行われている。
 つまり、象徴的事物は、その住民の行動規範とするべき心理的上位思考を決定付けていると言えるのではあるまいか。
 あなた方のそばを見回して確認してもらいたい。象徴が存在し得ない地域は、我が所の特徴を掴むことなく、行政・教育・産業等に一貫した方向性を見出すことが出来ず、右往左往しているところが多いのではなかろうか。

 更に言えば、その象徴たるべきものは、象徴なるべき資格を有していなければならない。それは、本来性とも言うべき根幹が商売から派生していないことである。
 具体的に言えば、文化、伝統、教育、歴史、宗教的なものを背景に成立し得たものでなければ、象徴としての冠を被る資格を得られないのである。
 町おこし等で、様々なものを神輿に掲げ躍起になってはいるものの、上記のものが欠けている、または含んでいたとしても商売的なものが前面に出ている為、成功していないものが多く見られる。
 また、何事も象徴無き行動は、その根幹たるバックボーンを決定することが出来ず、行動自体瓦解することとなりやすい。はっきりとした象徴がないことにより、行動が目的化し、目的自体を失ってしまう事はよくあることである。

3.天皇は何を象徴しているか

 上記から導き出されるものは、国に於て象徴は、国家の行動規範であり、目指すべき方向性といえよう。
 それでは、天皇とは一体何を象徴し、我々は何を目指さなければならないのか。
 一言で言うのは非常に難しいが、敢えて言うのであれば、「永続性のある歴史・伝統の継承」である。
 天皇は、古事記に表される神話の時代より、真偽はさておき、連綿と続く王制である。これは、実は「神話」から続くということが重要なのである。(先ほど真偽といったが、ここでは、真偽はさほど重要ではない。)
 天皇は国家最高の祭主であり、神々と共にある。国民国家の永遠たる繁栄と感謝を祈ることを最も重要な役割としている。決して、国民や外国要人と会ってニコニコ手を振ったり握手したりするのが主なる仕事ではない。
 天皇は、新嘗祭、元旦の四方拝を始め、常に国家国民の安泰繁栄を祈っているのである(メディアには出ることが無いので知らない人がほとんどだとは思 う)。それは、二千年近い(個人的には卑弥呼が天照大神と思っているので、約1800年か)時の流れの中、絶えることなく続いてきたという事実。これこそ が天皇の象徴たる所以なのである。
 そして我々国民は、この天皇という象徴に従って行動を規範とし、全てのモノに神意性を見出し、感謝と畏れを持ち、文化伝統を受け継ぎ発展させ、次代に伝え、国家の永続性ある安寧に務めるということが意識下、無意識化に関わらず、決定付けられているのである。
 つまり天皇を象徴と置くのは、特別な身分を堅持する為のものでは無く、広く国内外を問わず、国家の特徴を知らしめし、国家のあり方を示すべく重要な存在として必要だからである。

 天皇制については、様々な意見、反論ありましょうが、この論は、ブログの特徴から、短文の為、言葉足らず、片手落ちの所もあるとは思う。あくまでも私見であり、また、資料等確認作業を怠った思いつきの駄文であるということを前提にご容赦頂きたい。

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